「教育再生民間タウンミーティングin新発田」に350人が参加
 「明日の教育を考える市民の会」主催の「教育再生民間タウンミーティングin新発田」が平成19年6月30日(土)、新潟県の新発田市生涯学習センター講堂で開催されました。

 登壇者は中山成彬氏(元文部科学大臣・衆議院議員)、渡辺秀晃氏(元新発田市教育長)、鬼嶋正之氏(元紫雲寺町長)、渡邉明紀氏(社団法人新発田青年会議所元理事長)、松田優子氏(新発田市立藤塚小学校PTA会長)、八木秀次(日本教育再生機構理事長・高崎経済大学教授)の6名が参加しました。

 会場には教育関係者や保護者をはじめ、新潟各地から集まった約350名が参加した。会場からは発言希望者が続出し、時間が足りないほど盛り上がりとなりました。




主催者代表挨拶



中村五郎(明日の教育を考える市民の会会長)
 昨年9月、教育再生を最優先課題に掲げ安倍内閣が発足した。改正教育基本法を成立させ、つい先日、教育改革関連教育三法が成立したことは大変喜ばしいことである。しかし、法改正のみで国がすぐに良くなると考えるのは些か無理がある。今こそ、民間の声を政府に届け国を良くしていかなければならない。
 ご登壇者ならびに会場の皆様からご提言を頂戴し、新発田からの声を政府に届けることができれば幸いである。


共催者代表挨拶



八木秀次(高崎経済大学教授・日本教育再生機構理事長)
 日本教育再生機構は純粋に民間の団体である。政府の再生会議に先立つこと数か月前に発足している。
 政府が教育再生を手がけるにあたり国民の切実な声を政府に届けなければならない。そこで、民間の意見を集約し政府へ届けるため、日本教育再生機構を設立し、タウンミーティングを開催している。
 教育再生会議の第一次・第二次報告において、我々の提言はかなりの部分で反映された形となっている。これも我々の提言の成果であろうと自負している。
 本日のタウンミーティングにおいても、皆様方の声が政府の教育政策を動かし、日本を立て直すきっかけになればと考える。


【提言1】


特別報告


中山成彬氏(元文部科学大臣)
 美しい国づくりは、緑豊かな美しい故郷を大切にすると同時に、そこに住む人々の心も豊かでなければならない。それには教育が不可欠であり、そのような思いで教育改革に取り組んでいる。
 大蔵省に16年勤務し政治家になった。主に経済、財政、予算、税制にやってきた。教育関係は門外漢であり、文教族・文科省に対しむしろ批判的であったが、三年前に文部科学大臣を拝命した。戸惑いもあったがこれは天命であると感じた。当時、日本経済は長く低迷しており日本企業はどんどん買われていた。そこで、元気とチャレンジ精神にあふれる若者を育てる必要性を感じ、頑張る子供を応援する教育改革「甦れ日本」を発表した。具体的内容は教育基本法の改正、教員の免許更新制、全国学力テストの実施、ゆとり教育の改革等である。
 日本は人材こそが資源の国である。そしてこの世に生を受けた子供たちに、幸せで充実した生活を送ることのできる土台を築いて社会へ送り出さなければならない。子供にとって一日一日が大切である、スピード感のある教育改革が必要である。
 これからの問題としては、まず、なんといっても教育予算の充実である。地方がしっかりと教育に予算をつけられるようにしていかなければならない。そして、自虐教育を是正していかなければならない。問題は山積しているが、子供たちのため、日本が平和で豊かな国であり続けるため、教育改革は推進していかなければならない。





渡辺秀晃氏(元新発田市教育長)
 今日の世の中の混迷の原因は、大人たちにある。大人たちがしっかりとした倫理観をもたなければ、子供たち、そして世の中は良くならないのではないか。一人一人の大人がしっかりとした倫理観を取り戻さなければならない。
 最近の子供はほとんど高校へ進学するが、ゆとり教育の影響か、さっぱり基本ができていないそうである。国語教科書でいえば、人間としての生き方や文学的内容の記述を増やし、基礎・基本といわれる事柄を教え、学習内容の面から子供を育てていく必要がある。そして、子供に興味を持たせるよう教育方法の面でも工夫が必要である。
 地域の教育力は重要であり、各地で地域と子供たちの交流がもたれている。しかし、この交流は大人たちが計画からすべてを段取りし、子供たちがお客様になっている。地域共同体として発展していくには、子供も一緒に最初の段階から積極的に参加していかなければばらない。





鬼嶋正之氏(元紫雲寺町長)
 自由主義が勝手主義へ、個人主義が利己主義へ、変質してしまったと感じる。我々団塊の世代が子育てをするようになってからその傾向は強まり、団塊jrが子育てする現在、その悪しき傾向はさらに強まっている。子は大人社会の鏡であり、我々世代は大いに反省し、是正の一歩を踏み出さなければならない。
 現場を経験した立場から提言したい。
 まず、準保育(各自治体が条例などに基づいて補助金などを支給している保育施設)について。これは放任主義につながる危険な考え方であり是正されるべきである。多動傾向等、準保育が原因とみられる問題が散見されるようになってきたと思う。次に、幼保一元化について。就学前教育として、幼・小・中一貫の教育の流れの中で子育て・人育てがなされるべきである。次に、食育について。食育から教育の再生へという視点は大切である。最後に、個人の利益と公共の利益の調和について。個の偏重を是正しバランスのとれた公共心教育の充実が必要である。
 何においても行き過ぎは良くない、やはりバランスが大切である。





渡邉明紀氏(社団法人新発田青年会議所元理事長)
 教育については門外漢であるが、子を持つ親として提言したい。
 今日の社会は非常に厳しい競争の中にある。反面、学校教育は競争の要素が足りないのではないかと感じる。競争のない社会に育ち、現実社会の競争に直面した時、立ち直れなくなってしまうのではないか。日本は資源のない国であり、頭で勝負していかなければならない。多様性を認めながらも、競争を通じ打たれ強く自分の能力を活かすことのできる教育が必要である。
 もう一点、子供がキチンとコミュニケーションをとることのできる教育が必要である。周囲とのコミュニケーション構築力が大切である。





松田優子氏(新発田市立藤塚小学校PTA会長)
 本当に必要なのは教育再生の前に日本再生ではないか。本質的に子供は変わっていない。変わったのは子供を取り巻く環境である。規範意識を持たせるための徳育は素晴らしい取り組みであるが、何を習っても大人の行動が伴っていなければ、子供たちの規範意識は育たない。規範意識は家庭や学校といった生活の中で育まれるものである。規範意識の育つ社会のお手本を、まず政治家や官僚に示してもらいたい。
 教育再生会議の「親に向けた緊急提言案」をみて怖いものを感じた。本当の親の苦しみを理解した提言であるか疑問である。本当に子供と向き合う時間が大切であれば、育児休暇給付の割合を増やし、育児休暇がすべての親の権利となるようにしてもらいたい。公務員や大企業では一般化しているかもしれないが、中小企業においてはまだまだである。上だけを見ず底もすくえる社会システムを構築してもらいたい。
 子供たちの未来は我々にかかっており、国民一人一人が知識を持ち関心を持つことが教育再生につながる。親の経済格差が子供の教育格差につながっている。経済力のない親は公教育に頼らざるを得ないのが現実である。教育予算を増やしていただき、公教育を充実させ教育格差をなくして欲しい。





八木秀次(日本教育再生機構理事長・高崎経済大学教授)
 先日、愛知県三河地方の公立高校を三校、公立中学を一校、視察したので、その話をしたい。
 まず紹介したいのは、公立高校の最低レベルの学校で、評定平均が1でありながら、この学校は、校内が非常に奇麗で、トイレまで掃除が行き届いている。生徒は規律正しく、非常に明るい。先生は非常に意識が高く、プライドを持っており、生徒指導をキッチリしている。成績では県立高校の最低レベルでありながら、鍛えられて愛知教育大学へ現役で進学するものもいる。生活指導をキチンとしているうちに、学力レベルが上がっている。また、就職においても、地元企業に歓迎され、学校名はブランドになっている。
 視察した三河地方の各校に共通しているのは生徒を非常に鍛えるということだ。準保育が放任につながるとの指摘があったが、まさにその通りである。今のゆとり教育は、子供たちが主体的に学ぶことを支援することが教師の役割であり強制はしないというものであるが、三河地方では規律面・道徳面・学力面において強制し徹底的に鍛えている。
 次に、豊田市内のある中学校では、生徒会の役員が、朝夕に国旗掲揚・降納を行い、運動会ではオリンピックのように国旗の四隅を持ち入場行進をする。これらは生徒会役員の特権である。私は国旗国歌の問題にこだわっている。国旗国歌問題は単に旗や歌の問題にとどまるものでなく、その学校において誰が主導権を握っているかを示している。国旗国歌の指導がキチンと行われているところは、校長を中心とした学校運営がなされている学校、そうでないところは教職員組合が主導権を握っている学校である。国旗国歌がその目印である。豊田市内は校長を中心に学校運営がなされている。
 県教委は意識的に三河地方へ組合に属さない教師を配置し、三河地方には組合系の先生がほとんどいない。教職員組合の及んでいない三河地方では、子供たちの能力を数段上げ卒業させている。愛知県三河地方の子供たちは幸せであると思う。学校教育により能力を開花させ、世の中に役立つ人間に育てているからだ。三河地方の先生方の意識のあり方、そして県教委の姿勢は非常に立派である。
 この三河地方の取り組みに教育再生へのヒントがあるのでなはいか。







質疑応答およびディスカッション


(会場よりの提言)
 私は平成15年度まで小学校の校長をしていた。男女混合名簿と男子の「さん」づけを廃止した当時の校長だ。学力低下、道徳力の低下とともに、男の子らしさ・女の子らしさの低下を懸念している。男女混合名簿や男女無関係の「さん」づけは、男の子らしさ、女の子らしさを阻害する諸悪の根源である。これらは、男女共同参画基本法、そして、その根底にあるジェンダーフリーに拠るものである。フェミニストたちがつくったものではなく、良識ある保守派がつくる男女共同参画基本法が必要なのではないか。そして、男らしさ女らしさを取り戻さなければならない。
(会場よりの提言)
 道徳教育強化、親学というと、国がそこまで介入するのかと騒ぎたてる。しかし、国がそこまで介入せざるを得ないほど家庭が崩壊していることこそが問題である。
(会場よりの提言)
 ゆとり教育の見直しが取り沙汰されている。学力の向上を図るには、目を輝かせたヤル気のある子供たちをいかに育てるかが大切である。この点、教育再生会議では農業体験学習、職業体験学習等を提唱している。これは大変有効な手段であり、導入していただきたい。
(会場よりの提言)
 教員をやっていて思うのは、男女混合名簿と「さん」づけ強制はやめるべきであるということである。これらを主張する人たちは熱心な組合活動をする女性ばかりである。「らしさ」は型である。型は勉強でもスポーツでも武道でも習い事でも大切である。これをなくすことは、従保育と同じで教育の軸をなくさせることである。



(中山成彬氏)
 教育再生の前に日本再生が必要であるとのご指摘があったが、まさにその通りであろうと思う。
 国家百年の大計というが、今日の体たらくは戦後の教育が原因ではないだろうか。これを直すには百年かかるかもしれないが、今やらなければならない。
 日教組は組織率が下がっているといわれるが、ますます過激になり、人数は少なくても学校に一人二人いると息が詰まると耳にする。また、日本の社会は事なかれ主義的なところがあり、声が大きい人間の意見が通っている。たとえば、国旗国歌は一般人には普通のこととなり浸透しているにもかからず、侵略の象徴だと声高に主張している。子供たちの将来を考えれば、国旗国歌に敬意を払うことは国際社会の常識であり、その常識をしっかり教えるべきである。先生の主義主張はどうであれ、常識を子供たちに教えることは公務員である先生の責任である。
 男女共同参画社会は、男女が等しく社会に参画するとこと自体は大切であるが、そこに潜む過激な思想を排除するよう改正していかなければならない。ジェンダーフリー思想に基づく教育は、子供から日本をダメにしようとするものである。



(鬼嶋正之氏)
 私は新潟県の男女平等共同参画の条例制定にかかわった一人として、「平等」という言葉を条例に入れたことに自負を持っている一人である。その時に、非常に議論したのはジェンダーフリーとの関係についてである。条例そのものは非常に大切であると考えているが、「平等」の考え方が混乱している。男性にも女性にも特性があり、その特性を互いに尊敬し尊重することが本当の「平等」である。ここを整理すれば昨今の問題は解決する。
(渡辺秀晃氏)
 子供のやる気を尊重する授業は、優秀な子供を伸ばすことができるかもしれないが、低いレベルにある子供たちはそのままになってしまう。したがって、一斉授業的な指導は不可欠である。
(八木秀次)
 会場からの発言で、新潟県の組合の力が弱いとの発言があったので、新潟県の教育現場は、先ほど紹介した三河地方のような感じかと思ったが、具体的な話を聞いていると、そうでもない様に感じる。教育委員会自体に問題があるのではないかとも思える。
(鬼嶋正之氏)
 教育はまさに人づくりであり、学校教育に携わる方々のご苦労は本当に大変であると敬意を表している。
 教育問題への関心が高まれば高まるほど、教師への目が厳しくなる。これは大変良い事である。しかし、問題教師はごく一部であり、大半の教師は真剣に命がけで現場に望んでいる。こういった方々を信頼しバックアップできる体制が必要ではないか。叩けばいいというものではない。信頼して力を添え、一緒に考える環境づくりも、教育再生には忘れてはならないと思う。
(八木秀次)
 とかく学校バッシング・教員バッシングの風潮がある。教員より親の学歴が高く、子供の前で平気で教員を批判する親が増えている。それを見た子供が先生を尊敬できる訳がない。少なくとも子供の前では先生を批判しないといった最低限のマナーを持つべきである。そして、社会全体として教員が尊敬されるシステム作りが必要ではないか。
(会場よりの提言)
 学校に勤めていたが、今、学校の先生を見ていて感じることは、先生は学校と家を往復するだけで、社会が見えなくなってきていることだ。休日には先生の肩書を捨て社会へ出て、人のもとについて何かを学んでみてはどうかと提案したい。学ぶ側に立つ経験が、教えることに役に立つことを実感して欲しい。
(会場よりの提言)
 人はひとりでは生きていけない。この国の伝統、世間様や自然を大事にする社会を築いてほしい。
(会場よりの提言)
 学力向上という視点も大切であるが、人間関係を良くするという視点から考えるべきであると思う。
(会場よりの提言)
 家族制度の崩壊が子供たちに不幸をもたらしている一番の要因ではないか。