一昨年の2月、山梨県の日教組(山教組)の横暴に憤った民間の有志とともに、県政連に対し、政治資金規正法の疑いがあるとして刑事告発した。山梨県に引けをとらないほど強力な組織率を誇る三重県の日教組(三教組)に対しても、平成11年から今日までその法令違反を指摘してきた。私は三重県に住み、県内の大学で教鞭をとり、教育の専門家ではないにもかかわらず、何故、敢えて実名を名乗って日教組批判の言論活動を行ってきたかというと、戦後の教育荒廃の元凶は日教組であると信じているからだ。我が国の教育再生を本気で実現するならこの問題を避けては通れないし、日教組問題を避けて行われる教育改革の議論は全てまやかし、誤魔化しだ。戦後、政府はこの問題にずっと及び腰であり、どんな教育改革もほとんど効果がなく、教育荒廃は加速していった。これからもこの問題を避け、逃げているのであればどんな改革を行っても無駄であり、むしろ逆効果にさえなる。 昨年の12月、教育基本法が59年ぶりに改正された。石井昌浩元国立市教育長は『教育再生』(日本教育再生機構機関誌)で、左派は「今も改正教基法を形骸化させる巻き返しを狙っています」と指摘している。左派の教育学者は学陽書房の平成19年度版『教育小六法』(本年3月に発行)で、改正教基法は「「準憲法」「憲法附属法」としての性格は認められない」と言いはじめ、これまで憲法の次に位置していた教基法を3番目に落とし、代わりに児童の権利条約を2番目に昇格させた。彼らは昔、国旗国歌に反対する時も、法的根拠がないということを表の理由にし、(国旗国歌が)法制化されると、内心の自由を持ち出して抵抗している。左翼の教育学者は思想的に日教組と一体不可分だ。ここで深刻な問題が起こりつつあることを指摘しておきたい。教基法の改正に伴って教育関連三法が改正され、教員免許が10年ごとの更新制になったが、これで不適格教員が排除されるほど現実は甘くない。ゼロトレランスで有名な加藤十八先生は、大学の教育学部はほとんどが左翼教師で占められており、そこで受ける免許更新の講習では、あらためて変な教育思想を教え込まれるため教員免許更新制は逆効果だと言っている。現在の学校現場は多数のノンポリ教員を一部の左派教員が支配しているという図式になっている。全国の先生方が10年ごとに大学教授たちから再教育を受けなければ免許を更新できないということになれば、多数の先生は再度思想的に締め付けられ、保守の先生方は適当な理由をつけられて不適格というレッテルを貼られるかもしれない。現に、島根県教委は当機構のパンフにある「国の中心に一系の天皇をいただいてきた伝統の国」という文言を捉え、憲法にも天皇の地位が明記されているにも関わらず、思想的に偏りがあると判断した。それほど教育関係者は世間一般と比べると左翼度が高い。 では、国の教育機関で免許の更新を行えば良いかというと、それも懐疑的だ。村山内閣での日教組と文部科学省との歴史的和解以来、文部科学省はかなり日教組化している。最近、「パッチギ! LOVE&PEACE」という反日映画を文化庁が堂々と支援していることが話題になったが、文化庁には元文科省の有名な左翼官僚が入っている。更新制を有意義なものにする唯一の方法は、例えばTOSSなど、心ある優秀な先生が組織している民間団体に更新業務を委託するしかないのではないか。日教組に支配された教育界の現況を直視しないまま改革を繰り返しても、事態はむしろ悪化するのではないかと危惧している。また、教育公務員特例法の政治的行為の制限に罰則規定がないのは法律の不備であり、この不備が日教組の政治力を強大なものにし、政界官界までをも支配する力を持たすまでになった。それが教育荒廃を招き、結果的に子供たちを不幸にしてきた。