報告:教育再生民間タウンミーティングin広島
基調提言で八木理事長は、

 「昭和60年に広島県の教育荒廃が県議会で問題視され、さる同和団体の影響力が指摘されたが、これが逆に差別発言とされた。その解決に当たり、県議会や同和団体などの間で合意文書が交わされ、その中に『差別問題の解決に当たっては、関係団体とも連携し』という文言が入れられた。その結果、一部の同和団体の意向に沿って教育行政がなされるようになってしまった。
 また、平成4年には、『日の丸、君が代は差別的であり、日本の侵略の歴史を反映したものだ』という趣旨の文書が、菅川教育長(当時)から、さる同和団体に出され、そのように教えなければ掲揚・斉唱は認めないという事になった。

 しかし、平成10年、国会で広島県の偏向教育の実態が指摘され、文部省(当時)による異例の是正指導がなされた。そのせめぎ合いの中で、平成11年2月28日、教職員組合の圧力により世羅高校の石川校長が自殺をするという痛ましい事件が起こった。これまで、数多くの教育関係者が死に追いやられたが、その後、『国旗・国歌法』の制定などもあり、広島県の教育正常化は大きく進んだ」
と、広島県の教育正常化の経緯を述べた後、
 「しかし、福山市などでは、未だに以前と変わらぬ偏向教育が行われているという。そして、ここ広島市でも、『子どもの権利条例』なるものが制定されようとしている。これは改正教育基本法の内容を形骸化させ、文部省の是正指導から大きく揺り戻そうという動きの一つだ。
 『子どもの権利条例』は、いじめや虐待をされている子供を救うという名目の下で、子供をそそのかし、特定のイデオロギーを持つ大人たちの代弁者にするための条例だ。子供が『休息する権利』が保障され、子供が家で勉強もせず手伝いもせずゴロゴロしているのを親が注意しても、権利侵害となりかねない。また、子供の権利が侵害された、という通報に対する捜査権が制定される危険性がある。かつて広島ではなんでもかんでも『差別』とされた。しかし、この条例が制定されれば、今度はなんでも『権利侵害』とされ、教室や家庭で子供を指導できなくなる。広島は以前の暗黒時代に再び戻るだろう。条例制定を阻止すべく皆さんと共に取り組んでいきたい」
と、『子どもの権利条例』の裏に潜む危険性について言及しました。

 続いて、参議院議員の義家弘介氏は、「今こそ、道徳の教科化を!」と述べ、
 「道徳は未だに『教科』にはなっていないため、他教科ほど文科省の指導がはたらかず、中には授業中に人権教育やジェンダーフリー学習をしているところもある。
 道徳とは、先人達が、『こういう思いを日本人として大切にしよう』と、非常に長い歴史をかけながら形成してきた壮大な約束だ。昔は、情報はまず大人が弁別した上で、必要なものを子供に伝達してきた。しかし、携帯電話の普及により、今の子供は大人を介することなく容易に有害情報をも手に入れられる。そういう時代の中に教育が存在しているという事を我々は自覚する必要がある。
 なぜ、道徳の教科化か?それは駄目なものは駄目だと教え、道を外さないように子供たちを守るためだ。そのためには責任、義務、倫理を教えなければならない。それを学んだ者が、個性や権利を発揮すれば良い。教育のスタートに個性、自由、権利があるのではなく、教育のゴールに本当の個性、本当の自由、本当の権利がある。それらを子供たちが手に入れてもらうために我々は教育をしている。
 子供の権利を論じる前に、大人は責任を全うすべきだ。その責任の最たるものこそ道徳教育である。道徳教育抜きに、便利だが不幸な時代に育っている子供たちを守ることはできない」
 と、初等教育からの道徳の教科化の必要性を訴えました。
 パネルディスカッションでは、県立高校教諭の鈴木剛氏、広島市おやじの会連絡会代表の橋本英樹氏が、それぞれ教師の立場、保護者の立場から、「子どもの権利条例」がもたらす弊害について語られました。
 また、コーディネーターの元全国高等学校PTA連合会会長の渡邊綾子氏は、全国ではじめて『子どもの権利条例』を制定した川崎市から寄せられたおかしな事例などを報告しました。